久しぶりの更新です

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おはようございます。さとうみゆきです。
 
 
 
先週末から
愛犬ベルが体調を崩してしまい、
一昨日まで、
毎日病院通いをしていました。

週が改まり、
ベルもわたしも、
ようやく落ち着いてきました。

 
 

最初にあれ?と思ったのは、
木曜の朝。

 
 
いつもなら、
わたしが食べている朝食のパンを
全力で欲しがってねだる子が、
それをして来ませんでした。 

 
 

「まあ、そんな日もあるのかな?」

 
と思っていたら、
そこからは、
見る見る内に悪くなり、
夜には、
お水も飲まなくなっていました。

 

「あと余命2年ほどですね・・・」

と、以前通っていた動物病院で宣告を受け、
それでも、薬で調節し、
有り難いことに、
その宣告期日は過ぎ、
健康な子と変わらない生活がして来られました。

でも、 
ホルモンの病気なので、
悪くなるときは突然に来るので、
気をつけて下さいとは
言われていたけれど、
水曜までは本当に元気でしたので・・・ 

 
 

金曜日の朝一で病院へ。
恐怖と、不安と、
でも、「しっかりしなければ」
と言う究極に矛盾した気持ちの中で、
若干パニックとなり、
それでも、どうにか立つ為に、
正気を取り戻したくて、
信頼を寄せているりこ姐にメッセージ。

 

「不安です。怖いです。」とだけ。

 

りこ姐からの
「絶対にひとりにしないから!」

と言う返事に力を借り、
まるでくもの糸のような
か細くなった意識の中で
どうにか立っていました。
(この瞬間から3日間、
りこ姐はメッセージを通して、
朝昼となく、祈りとヒーリングで、
ずっと伴走してくれたのでした。)
 

 

金曜の夕方、
一時は、もう駄目かな?
と言う状態にまでなり、
わたしも平常心ではいられず、
いよいよ精神的に追い詰められてゆきました。

 
強い恐怖と不安、
異常なストレスの中で、
泣き喚くことしか出来ず、 
気づいたら、
顔面が自分の意志とは
無関係に痙攣し始めてました。
顔面麻痺です。

 

 
 

けれど、
この状況の中で、
わたしは思い知らされました。

自分の中の深い闇と、
未だにしっかりと根付く自己否定と、
途方もない孤独に。
 

それは、この10年間、
紛れもなく、
ベルが埋めていてくれていたものでした。

 

そこにずっと在ったのに、
なかったことに出来ていたのは、
ベルが傍らに
ずっと居てくれたからだったんだ・・・

 

 
そのことを痛切に感じ、
闇の全貌が意識の明るみに浮かぶたびに、
突きつけられ、
また泣いて、叫んで、
恐怖し、また泣いて、震えて、叫ぶ・・・
それを繰り返しました。

その「闇」や「孤独」は、
本当なら、わたし自身が、
自分で向き合い、抱きしめ、
愛してあげなくては
いけなかったものたちでした。 

 

 
確実に死に向かっている、
儚くなろうとしている命を前に、
これまで
ずっと無視し続けてきた
真っ暗な自分の闇と孤独と
クタクタになるまで、
ひたすら向き合って、
ただただ、
ともに過ごしました。
 
 
 

 

その内に、不思議な感覚が満ちてきました。

 
 
 
 
こんな最悪な状況にも関わらず、
心がある一瞬から、
とても穏やかになって来たのです。

 

 
わたしに牙を向いていた、
後悔とか恥とか、
無念さが詰まった
闇と孤独が、
ほろほろと、ほろほろと、
解けて、
優しくなっていくような・・・。
喜んでいるような・・・。

それは、もう、
ちょっと言葉では正しく言い表せないような
とてつもない
安心感と言っても良い何かでした。
 
 
 
 

その晩は、
殆ど眠れず、
土曜日の朝を迎え、
再び、動物病院へ。
 
 
 
 
 
先生からは、
「これは、持ち直すかも!」との言葉。
 
 

そのとき、さーっと、
暗闇に、 
一筋の希望が差しました。

 

 
土曜の夕方、
ぜんぜん飲めなくなっていたお水と、
大好物のお豆腐を少し食べてくれました。
 
 
 
 

明けて、日曜日。
いつものドライフードを、
水でしとらせて少しずつ口に運んだら、
食べた!!!
 

 
病院へ行くと、 
副腎のホルモン数値も、
平常値に戻り始めた!

 
 
 
 

そのときようやく、
「死」ではなく
「生」を考えられるように
心をシフト出来ました。
 
 
 
 
ずっと見ていなかった、

頂いていたメッセージや、
お仕事の連絡にお返事をしようと、
facebookの自分のページを開いたとき、
自分のページなのに、
見た瞬間、
自分自身のことを
「誰、コイツ」と思っている自分がいました。

その、心地悪さと違和感。
 
 
 
見ていられなくて、
すぐにページを閉じてしまいました。
 
 
 
 
焼け野原の
なーんにもない場所に、
ひとりぽつーっと立っているような
そんな気持ちになりました。
 
 
 
 
 
これまで、
いろんな感情解放のメソッドやら
ツールやら、ヒーリングやら、
たくさん、たくさん、
学んで来たはずなのに、
そのどれのひとつも
今回、
自分を救うために
使うことが出来ませんでした。
 
 

 
ツールやメソッド・・ 
それよりも、
自分が本当に困ったときに、
誰か、たったひとりで良いから、
「助けて」と言える自分であること、
「助けて」と言える人が居ることの方が
この世では、
ずっと価値があることなのだと
しみじみ思いました。
 

 
よく、「人」の「為」と書いて
「偽り」と読むことから、
「誰かの為に」何かをすると言うのは、
愛の本質ではないと言われます。 

でも、

 
 
様々な学びと言うのは、
自分のためではなく、
自分と同じか、それ以上に大切な人が
どうしようもなく困難に陥ったとき、
その人をサポートするためにこそ
学ぶ価値があるんじゃないか?
 
 

と言うより、
「他人=自分」「自分=他人」の
意識がしっかりと
腹落ちしたものだけが、
きっちりと
自分のツールなり、可能なことを通して
人に寄り添うことが出来るのではないか?

そう思いました。
 
 

 

 
そこに「在って」くれる命以上に
大切なものなんてない。

少なくとも
いまのわたしには、
それ以上の価値あるものは、
もうないです。 

 
 

 
この数日間で、
いろいろなことが
わたしの中で、
ぜんぶ、ぜんぶ、
それまでとは
同じように思えたり、
見えなくなりました。
 
 
 
 
これから
どうしていこうかとか、
まだよく分かりませんし、
こんなことを
ツラツラと
書いてみたところで、
どうなんだろう?と思いますが、
自分のために
いま、
書き残しておきたいと思いました。

 

 
 
たぶん、ここは、
ものすごく大きな、
転換ポイントのはずなので。

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 きのうの朝、だいぶ良くなってきたベルと、
ソファーでごろごろくっついて
仲良しをしていたら、
突然部屋に不思議な光が現れました。
慌てて写真を撮りました。

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フォトグラファーの性で、
光源を探してしまうのですが、
西側の窓で目の前は他のお宅の壁なので、
窓からの差込ではないんです。
 
 

 

光は、
数分で消えてしまいました・・・。

 

[ 久しぶりの更新です ]徒然,氣づき2017/01/24 10:06