もしかしたら「自分だったかも知れない・・・」と思う時

 

こんにちは^^

 

「明日、魂の仲間と出逢えるポートレート写真」をあなたへ・・・」

あなたの魂の個性と未来を拓くビジョンを写真で可視化する
フォトヴィジョナリスト佐藤みゆきです。

 

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朝や夕方のニュース番組を見ていると、
日々日々、痛ましい事件が報道されていますよね?

そんな時、以前からわたしは、

「条件さえ揃えば、その事件を起こしていたのは、
自分だったかも知れない。」

 

と、よく思っていました。
いや、今も、そうかな・・・。

 

条件さえ揃えば・・
そこまで追い詰められたら・・
あんな風に人から扱われ続けたら・・

 

わたしが、今、テレビで報道されている
加害者だったかも知れないよね・・・・?

 

そう思えてくるのです。

 

決して、罪を擁護すると言ったことではないのですが、
これまでの人生、たまたま、運よく、
わたしは、大きな事件を起こさずに過ごしてこられただけ・・。
そう思うのです。

 

 

ところが今日ふと、思ったのです。

 

何か他人様や社会から
賞賛されるような偉業を成し遂げた人物を観た時、

 

どうしてわたしは、

「もしかしたら、条件さえ揃えば、
その偉業を成し遂げていたのは、自分だったかも知れない!」

 

なぜ、そう思わないんだろう?
思えないんだろう?

 

その逆の時は、
簡単に、一直線に、
共感出来るのに・・・です。

 

で、思いました。

 

ああ、これこそが、「自己肯定感」と言うものの、
バロメーターなんじゃないのかなあ・・って。

 

 

「自己肯定感が高い人」と言うのは、
どこか

「自分ってすごーい!」
「わたしは、わたしが大好きでーす!♡」

 

みたいな心持ちの人だと思われがちですが、
そうではなくて、

 

何か素敵なことや、素晴らしい人に触れた時、

「わたしにも、それ、出来る気がする!」
「わたしも、もしかしたら、あんな風になれるかも!」

 

と、自然と心地良さに融合し、
自分と一体となることを許可している、
心の在り方、クセづけ方のある人・・なのではないかと。

 

「自分に許可する」って、
心理を学んでからは、
よく耳にしてきた言葉なのですが、
わたし、今一つ腑に落ちなかったんですよね。

 

わたしが、わたしに、許可するって、
どういうこと?って。
分かりやすく、目に見えて発行できる
「許可証」でもあればいいんですけど。(笑)

 

でも、

 

「自分が”あたりまえ”だと思っている範囲」。
「自分への信頼の範囲」

 

 

こう考えてみると、
すっきりする。

 

「もしかしたら、自分だったかも知れない=自分のあたりまえ」。

 

この思考は、誰もがしていること。
そして、「あたりまえ」だから、
気づきにくいし、変更しにくいことが多いです。

 

だから、『自己肯定感』が低い・・・と悩んでいる方は、
素敵な人や、素敵な出来事に出逢った時、
少しずつでいいから、

 

「もしかしたら、条件さえ揃えば、それをしていたのは
自分だったかも知れない」

 

と、思ってみることから始めてみるのもアリです。

 

わたしがそうでしたが・・・

最初は、虚しさしか感じられないかも知れない。

 

でも、逆の「あたりまえ」に対しては出来るのだから、
きっとポジテイブベクトルでも
クセづけ、出来るようになるかもしれないですよね?
その「可能性」なら、信じられませんか?

 

先ずは、始めてみましょう♪

 

わたしも、コツコツ、やってみます^^

 

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きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^

 

 

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[ もしかしたら「自分だったかも知れない・・・」と思う時 ]徒然,氣づき, 2018/08/28 20:01