自己肯定感の低さと承認欲求の強さって比例します

 

こんにちは^^

 

「明日、魂の仲間と出逢えるポートレート写真」をあなたへ・・・」

あなたの魂の個性と未来を拓くビジョンを写真で可視化する
フォトヴィジョナリスト佐藤みゆきです。

 

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「自己肯定感」の低さ。

 

このことに、長いこと悩んできた・・
いや、以前より
”だいぶマシ”にはなったとは言え、
ふとした瞬間に
今も、
「自己肯定感」の低さが着火剤となって起きてしまう
「発作」に悩むわたしは、
同じ想いを持った人の心が
手に取るように分かります。

 

「自己肯定感」の低い人と言うのは、
その「自己肯定感」の「低さ」そのものを
「悪」として責めていることが、
一番、厄介なところです。^-^;

 

「低い」こと自体は、
別になんてことないんですよ、実はね。

 

自分の中に、

「低い」からこうなんだ・・・

 

って、法則・概念を、強固にいーっぱい持っていたりする。

 

ぜんぶ、そこに、結びつけちゃうんですよね。

 

いつしか、その法則概念が
「広辞苑」よろしく、
分厚い経典のごとく、
心の真ん中に鎮座しちゃうのです。

 

だから、他の人からしたら、
「え?そんなことで?」ってことが、
心を痛めつけるトゲになる。

 

調子が良い時は、何てことなくやり過ごせることが、
落ちてる時は、見過ごせない。

 

「わたしが、つまらないからでしょ?」
「わたしが、こんなだからでしょ?」
「わたしのことが、嫌いだからでしょ?」
「わたしなら、これくらい、平気だと思ってるんでしょ?」

 

って、もう止まらないわけです。

 

 

だから、同じような痛みを抱えている人のことが
本当によく分かります。

 

 

例えば、こんな時・・・

 

仲間内で一括送信されるメールの「CC」のアドレスが
いつも自分が最後なんです。
きっとわたしの重要度が最下位だからですね。

 

わたし以外の人は、
○○さん(だいたいが場の中心人物ね)から
みんな名前で呼ばれているのに、
わたしだけが「あなた」とか「苗字」のまま。
見た目が悪いせいですよね?

 

レストランにランチに行くと、
いつもわたしの隣が最後まで空席なんです。
人気がない証拠ですね。

 

 

仲間内3人でドライブに行くと、
いつもわたしは後部座席でさみしい思いをする。
他の2人はわたしの気持ちなど
察してもくれない。

 

全ては、わたしが「生きている価値のない人間」だから・・・

 

と、なる。

 

これらの悩みって、
きっと、自己肯定感が「健康」な方からしたら、
「え?そんなことで?!」とか、
「まさかでしょ?」って、ことなんだと思うんです。

 

え?なんで、それで傷つくの?って程度の話。

 

 

でも「自己肯定感」が低い人にとっては、
わたしは生きてても良いのか?悪いのか?ってくらい
死活問題。
辛くて寂しくて悔しいこと・・・なんですよね。

 

 

そう言う方が、

 

「こんなこと思うなんて、
本当に恥ずかしいことなんですけどね・・
ぜんぶ、わたしが悪いんですけどね・・」

 

って、泣きながら、自分責めながら
必死に、告白してくださるとき、
わたしは、

 

「何言ってるの?あなたの気持ちは正しいよ!
寂しかったね。辛かったよね。
同じだよ!!」と、
つい、声を大にしてしまいます。

 

そして、
「今は痛いだけかも知れない・・、
でも、自分でその棘を取り除いて、
痛みを直せるようになった後、
はじめて他人の身に刺さった同種の棘を
痛みを与えずに取り除くことが出来るんだよ・・
わたしがそうだったから・・」

 

と、心から伝えます。

 

そして、「気遣い」を「気遣い」だと
人から察知されないほど、
さりげない「心配り」が出来る人に、
必ずなれます。^^

 

 

その傷は、いつか宝になるからね^^

 

でも、辛すぎる時は、
「こんなことがあったんだけど・・」って
遠慮なく、話してね^^

 

そして、そのいくつもの宝を
大切に胸に携えた方たちと、
わたしは繋がってゆきたいと
そう思っています。

 

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きょうも、最後までお読みくださり
ありがとうございました^^

 

 

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[ 自己肯定感の低さと承認欲求の強さって比例します ]徒然,氣づき, , 2018/08/25 09:24